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  ネパール西部カリガンダキ川流域の過去・現在・未来をみつめる -『河口慧海日記』が出版される-

「山形市出身で東北大で仏教史を専攻、現在高野山大(和歌山県高野町)教授を勤める奥山直司さん(51)らが、『河口慧海日記』(講談社学術文庫)を出版した」(河北新報,2007年6月19日)。
 日記は1900〜1901年の分で、日記を見ると「4月11日夜、西蔵土(チベット)進行の秘密道の路程につきての談話を聞く」とあり、滞在していたのはカトマンズ西北に位置するマルパの村長宅で、マルパの村長はヒマラヤ交易で財をなした有力者、慧海は「実義(信義)の人」と書いている。慧海は、マルパから西へツァルカへ向かい、その後、7月4日、ネパールとチベットの国境にたったという。
 慧海がたどったルートは、ネパール西部の大河カリガンダキ川沿いを北上するルートであり、ここはまさにヒマラヤ保全協会がNGO活動をしている地域である。日記にでているマルパの村長とは、この流域で財をなした商業民族・タカリー族の一員である。私の非常に親しい友人にもタカリー族の者がおり、彼はかつて、ヒマラヤ保全協会ネパールの会長をつとめていた。
 マルパ(今はマルファという)はとても美しい町であり、私も滞在したことがある。かつて繁栄したおもかげは今でものこっており、白を基調にする整然とした家並みはカリガンダキ川とヒマラヤの中に見事に溶けこんでいる。現在は、特産のアップルブランデーなどをつくって販売している。マルパのとなりのトゥクチェもタカリー族の村であり、昨年私たちは、ここの学校に対して理科教育の支援をおこなった。
 このカリガンダキ川流域には、ネパールからチベットへぬける道路がいま建設されており、慧海が歩いたころの景観はもはやうしなわれつつある。開発の荒波は着実にヒマラヤの奥地へとおよんでいる。
 カリガンダキ川流域の過去を知り、現在を通して、未来をみつめるために、慧海の日記は非常に貴重な資料となっている。

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