都市国家から領土国家への歴史を見ることができる
NHKアジア語楽紀行「旅するネパール語」のテキストの94-97ページに、東京外国語大学名誉教授の石井溥氏がネパールの歴史をきわめて簡潔にわかりやすくまとめています。その要点は以下のとおりです(注)。
これを、「素朴文化の段階」、「都市国家の時代」、「領土国家の時代」という文明発展の三段階にもとづいて整理しなおすと次のようになります。
(1)素朴文化の段階:素朴文化の段階をしめす証拠として石器が見つかる。
(2)都市国家の時代:リッチャヴィ王朝〜マッラ王朝。
(3)領土国家の時代:シャハ王朝〜現在。
ここで注目すべきは、(2)「都市国家の時代」です。都市国家とは、行政の中心として王宮があり、そこを中心にして周辺に町がひろがっていて、その周縁部は自然環境の中に自然にとけこんでいくといったイメージでとらえることができます。ネパールのカトマンドゥ盆地では、この時代に、ヒンズー教・仏教に基づいた「ネワール文化」が花開き、寺院・王宮建築、彫刻、儀礼、音楽、戯曲などが発展・成熟しました。この地域以外のほかのすべての地域では、現在、都市国家は遺跡になってしまっていますが、ここにはその原型がかなりよく保存されているだけでなく、今でも人々がくらして生活をいとなんでいます。これはまさに人類の貴重な遺産であり、実際「世界遺産」に指定されています。
都市国家の時代は、1769年、ゴルカの勢力がマッラ王朝を攻め落としたことにより終焉し、その後、ネパールとイギリスとの戦争の結果、今日のネパールの国土が確定、つまり国境が発生し「領土国家の時代」へと入っていきます。
こうかんがえると、「都市国家の時代」から「領土国家の時代」を実感できるのがカトマンドゥ盆地でありネパールという国であることがよくわかります。
そして現在、あらたな制憲議会選挙をひかえ「シャハ王朝の時代」がおわろうとしています。ネパールは今後どのような歴史をあゆんでいくのでしょうか。大いに注目していきたいとおもいます。
(注)石井溥「さまざまな民族・言語が織り成す歴史」野図治仁監修・執筆『旅するネパール語』(アジア語楽紀行)日本放送協会94-97ページ。
古代:リッチャヴィ王朝 4−5(?)〜9世紀
中世:マッラ王朝 13世紀〜1769年
近世:シャハ王朝[ゴルカ王朝] 1769年〜現在
中世:マッラ王朝 13世紀〜1769年
近世:シャハ王朝[ゴルカ王朝] 1769年〜現在
これを、「素朴文化の段階」、「都市国家の時代」、「領土国家の時代」という文明発展の三段階にもとづいて整理しなおすと次のようになります。
(1)素朴文化の段階:素朴文化の段階をしめす証拠として石器が見つかる。
(2)都市国家の時代:リッチャヴィ王朝〜マッラ王朝。
(3)領土国家の時代:シャハ王朝〜現在。
ここで注目すべきは、(2)「都市国家の時代」です。都市国家とは、行政の中心として王宮があり、そこを中心にして周辺に町がひろがっていて、その周縁部は自然環境の中に自然にとけこんでいくといったイメージでとらえることができます。ネパールのカトマンドゥ盆地では、この時代に、ヒンズー教・仏教に基づいた「ネワール文化」が花開き、寺院・王宮建築、彫刻、儀礼、音楽、戯曲などが発展・成熟しました。この地域以外のほかのすべての地域では、現在、都市国家は遺跡になってしまっていますが、ここにはその原型がかなりよく保存されているだけでなく、今でも人々がくらして生活をいとなんでいます。これはまさに人類の貴重な遺産であり、実際「世界遺産」に指定されています。
都市国家の時代は、1769年、ゴルカの勢力がマッラ王朝を攻め落としたことにより終焉し、その後、ネパールとイギリスとの戦争の結果、今日のネパールの国土が確定、つまり国境が発生し「領土国家の時代」へと入っていきます。
こうかんがえると、「都市国家の時代」から「領土国家の時代」を実感できるのがカトマンドゥ盆地でありネパールという国であることがよくわかります。
そして現在、あらたな制憲議会選挙をひかえ「シャハ王朝の時代」がおわろうとしています。ネパールは今後どのような歴史をあゆんでいくのでしょうか。大いに注目していきたいとおもいます。
(注)石井溥「さまざまな民族・言語が織り成す歴史」野図治仁監修・執筆『旅するネパール語』(アジア語楽紀行)日本放送協会94-97ページ。
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