ネパール・ヒマラヤ・国際協力

〜 住民主体の環境保全 〜 《ヒマラヤ保全協会会員むけのブログです》 [Admin]

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ヒマラヤ保全協会事務局長

管理人  [ ヒマラヤ保全協会事務局長 ]

ようこそ「ネパール・ヒマラヤ・国際協力 」へ。ヒマラヤ保全協会事務局長のブログです。

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  環境諸問題研究・活動報告をする -ヒマラヤの自然をまもる- 

 解説
 財団法人緑の地球防衛基金は、株式会社オーエムシーカードと協力して環境諸問題研究・活動の助成事業をおこなっており、ヒマラヤ保全協会もこの助成をうけています。
 同基金は、毎年、『環境諸問題研究・活動報告書』を発行しており、本年も、助成をうけている各組織が報告をおこなうことになりました。以下は、ヒマラヤ保全協会の報告文です。

 ヒマラヤ保全協会は、ネパール・ヒマラヤの山村地域において、森林再生・森林保全を中心とした自然環境の保全活動を長年つづけている国際協力・環境NGOである。ネパール・ヒマラヤでは、住民が、薪や家畜の餌、材木等を近隣の森林から採取しているため、森林の減少がいちじるしく、特に近年は、木々の過剰な伐採がすすみ、環境の破壊は目にあまるものがある。

1. 生活林づくりプロジェクトを着実に進める
 このような現状を踏まえ、平成19年度は、平成17年から、ネパール中西部のナルチャン村とサリジャ村ではじめた「生活林づくりプロジェクト」を着実に推進し、既存苗畑の規模を約1.5倍に拡大、苗木の生産能力を向上させた。
 苗木は、ナルチャン村では13,575本、サリジャ村では14,160本、合計27,735本をそだてた。植樹は、ナルチャン村では10,510本、サリジャ村では10,376本、合計20,886本を植え、平成19年度の目標を達成した(注)。
 樹種は、ナルチャン村では、マツ(マツ科)、ハンノキ(カバノキ科)、パンユー(バラ科)、マラータ(Marata=薪用)、ポンカン(オレンジ)、シッソ(インデアンローズウッド)、トゥーニ(センダン科)などをそだて、植樹した。一方のサリジャ村では、マツ(マツ科)、ハンノキ(カバノキ科)、カンニュー(クワ科)、ティムール(ミカン科)などをそだて、植樹した。育苗・植樹した樹種の詳細は以下の通りである。

ナルチャン村
・ 材木(Timber):Pinus patula, Bakaino, Michelia champaca, Tuni, Sirmu, Sisou, Pinus roxbourghii,
・ 薪(Firewood):Uttis
・ 飼料木(Fodder):Beralo, Raikhanyu, Nimaro
・ 果樹(Fruit):Orange, Kagati, Belauti, Arubakhara
・ 薬木(Medicine) :なし
・ その他:Lapsi, Tomato, Dhupi salla, Timur, Mallato
サリジャ村
・ 材木(Timber):Pinus patula, Sirmu, Okhar, Michelia champaca, Phalat
・ 薪(Firewood): Uttis
・ 飼料木(Fodder):Kalo chuletro, Nimaro, Raikhanyu, Kalo tusare, Seto tusare, Katus, Ghumus, Phalat, Phirphire, Dudhilo, Dhursu, Khasru, Pasibal
・ 果樹(Fruit):なし
・ 薬木(Medicine):Taxus baccata
・ その他:Argeli, Pangro, Ruru, Kimbu, Maya, Chadan, Painyu, Ritha, Timur, Niyalo, Kaphal

 また、苗畑の拡充・管理・運営をすすめるために森林委員会を各村に組織した。

2. 住民が主体になった環境保全活動を進める
 ヒマラヤの山岳民族は、森林の中に入り込んだ生活をしており、その暮らしは森林資源に高度に依存している。そこで、単に木々をそだてるだけではなく、地域住民の生活を積極的にうるおす「生活林」をつくりだすことが住民にとっと非常に重要である。「生活林」とは、薪・家畜飼料・食品・薬品・土壌保全機能など、住民が生活していくうえで重要な機能をかねそなえた、住民の最も重要な生活基盤となる森林のことである。具体的には、果樹の育成、森林資源利用のプログラムに積極的に取り組んだ。
 これにより、森林保全活動に、地域住民が今まで以上に主体的に参加するようになってきた。これは、住民みずからがみずからの森をそだてるといった取り組みであり、住民が主体的に参加しながら、持続的継続的に自然環境を再生・保全していくプロセスである。ここには、森林再生と森林利用の循環機能が生じ、ヒマラヤ地域の緑化、水源確保、野生動物の保護、土砂災害の防止などが促進されて自然環境が保全されるとともに、森林資源の供給により地域住民の生活がうるおうという結果があらわれてくる。
 このように、「生活林づくりプロジェクト」によって、住民が主体になった環境保全活動が生まれてきたことにより、ヒマラヤの自然をまもる活動がさらに促進される明るい見通しがでてきた。

(注)ここに記載したのは、新プロジェクトである「生活林プロジェクト」(ナルチャン・サリジャ地域)のみの本数であり、既存プロジェクトである「植林プロジェクト」(キバン-ナンギ地域)の本数はふくみません。

  氷河湖観測のためのワイヤレス・インターネットを構築する -技術支援をするマハビール=プン会長-

マハビール=プン ヒマラヤ保全協会ネパール会長のマハビール=プンさんが、2008年4月15-16日に京都で開催された国際会議"ICT and Climate Change"(共催:ITU※および日本政府)に、途上国のスピーカーとして招待され来日しました。
 ヒマラヤは、地球温暖化の影響をもっともつよく受ける地域の一つと想定され、氷河湖が拡大し大規模な崩壊がおこった場合、下流の人家、発電所、道路、橋などの主要インフラに甚大な被害がでるほか、多数の人命もうしなわれると予想されています。
 そこで、氷河湖の水位を測定し、被害を未然に防止ないし的確に予報するために無線インターネット技術が利用されています。
 マハビール=プンさんは、「ネパール・ワイヤレス・ネットワーキング・プロジェクト」を2002年から開始、ポカラとアンナプルナ山麓の村々を無線インターネットでむすび効果をあげ、2007年に「アジアのノーベル賞」とよばれるマグサイサイ賞を受賞しました。
 彼は、この功績により、氷河湖観測のための無線インターネット技術の支援も開始したという訳です。
 4月17日には、「ネパール・無線ネット・プロジェクト -アンナプルナ&エベレスト情報ハイウェイを目指して」と題してプンさんを囲む会が開催されました(共催:BHNテレコム支援協議会・慶応大学・多摩大学、会場:JICA地球ひろば)。
 現在、ポカラ-カトマンドゥ、カトマンドゥ-エベレスト地域をむすぶ無線インターネットの構築も構想されています。

※ ITU: International Telecommunication Union(国際電気通信連合)
写真:講演するマハビール=プンさん(JICA地球広場にて)

  ヒマラヤで氷河の後退がすすむ -地球温暖化のバロメーター-

 Newton別冊『地球温暖化』(注)の8〜9ページに、「ヒマラヤでもすすむ氷河の後退」と題して、ヒマラヤ山脈ネパール東部のAX010氷河が後退していく様子が4枚の写真によりしめされています。この写真は、同氷河を、1978年、1989年、1998年、2004年の4回にわたって定位置から撮影したもので、これらを見ると氷河の後退、つまり気温上昇(地球温暖化)は一目瞭然です。
 このように、ヒマラヤ山脈は地球温暖化の「模式地」あるいは「バロメーター」としても重要な役割を果たしています。

 本書の目次は次の通りであり、地球温暖化の原因として大気中のCO2の増加があげられています。

プロローグ 地球温暖化の影響ははじまっている
PART1 地球温暖化は本当か?
PART2 地球温暖化の原因は何か? 
PART3 地球温暖化で何がおきるか?
PART4 明日のために何ができるか?
PART5 徹底検証「地球温暖化」

(注)『地球温暖化』-人類に突きつけられた最大の課題 何が起きるのか? どう克服するのか?-。(Newton別冊), 西岡秀三監修, ニュートンプレス, 2008年2月15日。

  バクタプールの春の大祭「ビスケット・ジャットラ」がとりおこなわれる

 ネパールは、新年、ビクラム暦の2065年(西暦2008年4月13日)をむかえました。
 バクタプールでは、今年も、春の大祭「ビスケット・ジャットラ」がとりおこなわれました。
 私は、2000年、青年海外協力隊の一員としてネパールに赴任したときに、はじめて、この大祭を見にいきました。
 バイラヴ神とバドラカーリー女神の巨大な山車巡行をおこない、町外れの空き地に、蛇をあらわす2本の長い幟(のぼり)をさげた20〜30メートルもある木柱をたてます。
 ビスケットとは「世界の幟」という意味もありますが、ネワール語では「蛇を殺す」を意味し、旧年中にたまった邪気をはらうことを象徴しているとも解釈されるといいます(注)。

(注)『地球の歩き方ネパール』ダイヤモンド・ビッグ社、2007年。

  緑の地球をまもるために -ヒマラヤの自然をまもる活動がつづく-

 解説
 (財)緑の地球防衛基金 第2回研究・活動報告会「緑の地球をまもるために」が開催されました(注)。当日は、第二部において、ヒマラヤ保全協会が「ヒマラヤの自然をまもる活動」と題して報告しました。以下はその要約です。
 ヒマラヤ保全協会は、(財)緑の地球防衛基金様ならびに(株)オーエムシーカード様から「ヒマラヤの自然をまもる活動」に対して長年にわたりご支援ご協力をいただいております。ここに明記して感謝の意を表します。

放棄された農耕地 基盤岩が露出している 植樹

 ヒマラヤ保全協会は、「ヒマラヤの自然をまもる活動」として森林再生・森林保全を中心とした活動をおもにおこなっています。この活動により、ヒマラヤ地域の緑化、水源確保、野生動物の保護、土砂災害の防止などが促進されて自然環境が保全されるとともに、森林資源の供給により地域住民の生活がうるおうという効果が生じています。

 私たちの活動は34年前からはじまり、その活動は下記の3期に区分されます。

(1)第1期「ロープライン・プロジェクト」
 ヒマラヤの山岳民族は、薪・家畜飼料・堆肥などを集落周辺の森林から採取しているため、集落にちかいところから森林は次第に後退していました。森林破壊はいちじるしく、緊急の対策が必要でした。
 そこで、集落からとおくはなれた豊かな森林から、計画的に森林資源を採取し運搬するためのロープラインを建設しました。これにより、ともかく森林の後退が停止しました。

(2)第2期「植林プロジェクト」
 ロープライン・プロジェクトが一定の成果をあげて余裕が生じたのを機に、苗畑運営と植樹を開始しました。5か村に苗畑を設置、苗木を育成、荒れ地に順次植樹していき、積極的に森林再生にとりくみました。12年間で、約72万本の植樹、約1500haの面積の森林を再生させてきました。

(3)第3期「生活林づくりプロジェクト」
 ヒマラヤの山岳民族は、森林の中に入り込んだ生活をしており、その暮らしは森林資源に高度に依存しています。そこで、単に木を生産するだけではなく、地域住民の生活を積極的にうるおす「生活林づくりプロジェクト」をはじめました。「生活林」とは、薪・家畜飼料・食品・薬品・土壌保全機能など、住民が生活していくうえで重要な機能をかねそなえた、住民の最も重要な生活基盤となる森林のことです。具体的には、果樹の育成、森林資源の積極的利用のプログラムなどをくみました。
 これにより、森林保全活動に、地域住民が今まで以上に主体的に参加するようになってきました。これは、住民みずからがみずからの森をそだてるといった取り組みであり、住民が主体的に参加しながら、持続的継続的に、自然環境を再生・保全していくプロセスです。
 このように、「生活林づくり」は、住民が主体になった環境保全活動をうみだし、ヒマラヤの自然をまもる活動がさらに促進される明るい見通しがでてきました。

写真:放棄された農耕地(左)。土壌浸食がすすみ基盤岩が露出してしまった土地(中)。村人と日本人が協力して植樹をすすめる(右)。

■質疑応答
Q「植樹により、農耕地を森林にもどすこともおこなっているそうですが、農業をいとなむ農家はこまらないのでしょうか?」
A「私たちは、森林伐採によって生じた荒れ地、出稼ぎなどで放棄された農耕地に植樹をしています。現在、農耕がいとなまれている農耕地はそのままにし、農家の人々がこまらないようにしています。ネパールでは、近年、海外へ出稼ぎにでる人々がふえ、放棄されてしまう農耕地が増えています」

Q「『生活林』づくりにとりくんでいるそうですが、森林を再生させることと、住民を経済的にゆたかにすることはどのように調和させていますか? 森林再生と経済発展は相反することが多いので聞きました」
A「ヒマラヤに居住する山村民は、今でも、自給自足の生活をしているため、現金収入を得るという経済的な側面ではなく、彼らの生活そのものをうるおすための『生活林』づくりにとりくんでいます。具体的には、薪や堆肥、飼料木の森林資源を地域住民に十分供給できるようにし、またその運搬にかかる労働を軽減し、住民の生活を楽にするようにしています。ただし、一部では果樹の導入など換金作物の栽培などによる住民の収入向上プログラムもおこなっています」

Q「そのような一定の成果があがるまでに何年ぐらいかかるのですか?」
A「約10年かかります。成果があがるまでに時間がかかるので、当初は、住民の理解が得られるまでに時間がかかりましたが、現在では、すでに成果があがった村々がありますので、その村がモデルになって、あたらしい村々での植林活動は、住民の理解も得られ、やりやすくなっています」

Q「苗畑はどこにつくるのですか?」
A「それぞれの植林地の中心となる村にそれぞれ建設します」

Q「苗畑ではどのような樹種をそだてるのですか?」
A「ネパールハンノキとネパールマツが多いですが、それぞれの地域の標高(気候)に応じて適切な樹種を選択してそだてています。ヒマラヤは標高差が非常に大きいので、低地では亜熱帯、高地では、温帯から高山帯(寒帯)へと気候(環境)が大きく変化します」

Q「地元の人々の主食は何ですか?」
A「標高が低いところから約1700mぐらいまでのところの人々は米、それよりも高地にすんでいる人々はトウモロコシを主食としています。気候により、収穫できる農作物がことなり、また民族もことなります」


 追記:報告会当日は、他の方々からも発表がありました。重要なポイントを以下に追記しておきます。

 現在、地球温暖化がすすんでいます。原因はCO2の増加です。IPCCの研究と提言は重要です。ハワイ、マウナロアのCO2観測の例は有名です。CO2増加の最大の原因は森林の減少であり、森林減少は、中南米や東南アジアの熱帯林が顕著ですが、ヒマラヤでも減少しています。森林はCO2を吸収しますので、その減少は温暖化につながります。マウナロアの観測でも、春になると森林がCO2をすうこともあきらかになっています。
 森林の減少はCO2の増加をもたらしますので、森林を伐採したら植林をして森林を増やす必要があります。森林は利用しつつ育てるという循環が必要であり、これにより、CO2の増加はおさえられます。ただし、原生林(極相林)はCO2の吸収と排出がほとんど同じ(プラスマイナス・ゼロ)です。

 「緑の地球をまもる」活動にとって、もっとも重要なことは「フィールドにこそ真実がある」ということです。フィールドで真に正しい情報をつかみ、フィールドに根ざしてかんがえる。「緑の地球をまもる」活動をつづけている団体はまさにこれを実践しており、今後とも、このコンセプトのもとで活動を継続していくことが重要です。


(注)主催:財団法人 緑の地球防衛基金、後援:株式会社オーエムシーカード。会場:TKP田町ビジネスセンター。

写真1:放棄された耕作地(このまま放置しておくと斜面は崩壊していくので、植樹をすすめます)
写真2:土壌流出がすすむ斜面(木が生えていない所では土壌流出がすすみ、災害をひきおこすだけでなく、下流域にも悪影響をもたらします)
写真3:現地住民と日本人とが協力して植樹をすすめます(スタディツアーのひとこま)

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  チウラとパニールは、ネパールの人々が「半農半牧民」であることを反映してる

チウラとパニール 第6回ネパール家庭料理教室を開催しました。今回は、スープカレーとサーデコ(ジャガイモのスパイスあえ)をつくり、チウラ(干し米)とパニール(チーズ)と一緒にいただきました。
 チウラとは、ネパールの典型的な保存食であり、炊いたご飯のかわりに時々食べます。そのままでもいただけますが、煎って食べると大変おいしいです。パニールは、ダヒ(ヨーグルト)、ギウ(バター)とならぶ、ネパールの典型的な乳製品です。
 このように、米と乳製品を一緒にたべる食文化はネパールでは伝統的なものであり、これは、ネパールの人々が純粋な農耕民族ではなく、農耕とともに家畜を飼育する「半農半牧民」であることを反映しています。

写真:中央がチウラ。右下がパニール。

  都市国家から領土国家への歴史を見ることができる

 NHKアジア語楽紀行「旅するネパール語」のテキストの94-97ページに、東京外国語大学名誉教授の石井溥氏がネパールの歴史をきわめて簡潔にわかりやすくまとめています。その要点は以下のとおりです(注)。
古代:リッチャヴィ王朝 4−5(?)〜9世紀
中世:マッラ王朝 13世紀〜1769年
近世:シャハ王朝[ゴルカ王朝] 1769年〜現在

 これを、「素朴文化の段階」、「都市国家の時代」、「領土国家の時代」という文明発展の三段階にもとづいて整理しなおすと次のようになります。
(1)素朴文化の段階:素朴文化の段階をしめす証拠として石器が見つかる。
(2)都市国家の時代:リッチャヴィ王朝〜マッラ王朝。
(3)領土国家の時代:シャハ王朝〜現在。
 ここで注目すべきは、(2)「都市国家の時代」です。都市国家とは、行政の中心として王宮があり、そこを中心にして周辺に町がひろがっていて、その周縁部は自然環境の中に自然にとけこんでいくといったイメージでとらえることができます。ネパールのカトマンドゥ盆地では、この時代に、ヒンズー教・仏教に基づいた「ネワール文化」が花開き、寺院・王宮建築、彫刻、儀礼、音楽、戯曲などが発展・成熟しました。この地域以外のほかのすべての地域では、現在、都市国家は遺跡になってしまっていますが、ここにはその原型がかなりよく保存されているだけでなく、今でも人々がくらして生活をいとなんでいます。これはまさに人類の貴重な遺産であり、実際「世界遺産」に指定されています。
 都市国家の時代は、1769年、ゴルカの勢力がマッラ王朝を攻め落としたことにより終焉し、その後、ネパールとイギリスとの戦争の結果、今日のネパールの国土が確定、つまり国境が発生し「領土国家の時代」へと入っていきます。
 こうかんがえると、「都市国家の時代」から「領土国家の時代」を実感できるのがカトマンドゥ盆地でありネパールという国であることがよくわかります。
 そして現在、あらたな制憲議会選挙をひかえ「シャハ王朝の時代」がおわろうとしています。ネパールは今後どのような歴史をあゆんでいくのでしょうか。大いに注目していきたいとおもいます。

(注)石井溥「さまざまな民族・言語が織り成す歴史」野図治仁監修・執筆『旅するネパール語』(アジア語楽紀行)日本放送協会94-97ページ。

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