(1)混沌→(2)類推→(3)体系という三段階を踏んで情報を処理する
国際協力でつかう参画型アプローチ「KJ法」は一種の情報処理技術であり、それは、混沌とした情報群(カオス)から一つの体系(システム)を生みだす方法です。その過程でもっとも重要になるポイントは類推(アナロジー)をつかうということです。つまり、この方法では、(1)混沌(カオス)→(2)類推(アナロジー)→(3)体系(システム)という三段階を踏んで情報を処理していくことになります。第二段階の類推では、相対的に似ている情報をそばにあつめて、まず小グループをつくり、そして、しだいに大グループをつくるといったことをおこないます。似ているか異なるかといった相対的な視点にたって、情報を並列的に処理できるかどうかが重要なポイントになります。
このような三段階の情報処理により、一旦あたらしい体系(システム)ができあがると、今度はその体系にしたがってあたらな情報をどんどん分類していくことができるようになります。しかし分類という作業は、ある程度まですすんでくると分類枠にあてはまらない情報がでてきて、しだいに収拾がつかなくなってきます。こうして、時間の経過とともに一度つくった体系は次第に分化していきます。分類と分化がゆきつくところまでいくと、ふたたびあらたな混沌とした状況が生じてきます。
すると、再度あらたに、(1)混沌(カオス)→(2)類推(アナロジー)→(3)体系(システム)という三段階の過程が可能になり、あたらしい体系(システム)をつくることができます。
参画型アプローチでは、このような三段階の過程をサイクリックにくりかえしていきながら、現場の多種多様な情報を処理し、問題を解決していきます。
「地球学的人間論」に基づいて地球環境問題にとりくんでいく
惑星科学者の松井孝典氏は、「21世紀我々は初めて、文字通り宇宙というスケールで、我々自身や文明を、俯瞰的、普遍的、相対的に論じ、その未来についても判断できるようになった」(注)とのべています。同氏は、私たち人間が、宇宙から地球を見る視点をもてるようになったことにより「人間圏」という概念がえられ、そして、地球と人間の問題を論じるために、従来から存在した「生物学的人間論」と「哲学的人間論」にかわり「地球学的人間論」が必要であると主張しています。
松井氏は、情報処理の観点から、「外界を認識するとは、それを脳の中に投影して、外界の内部モデルを作る」ことであるとのべて「智球」ダイアグラムを提唱し、このことをくわしく論じています。
今日、私たちの文明(いわゆる近代文明)は岐路にたっており、その中心的問題は"地球環境問題"です。私たちが今後、この大きな問題にとりくんでいこうとするとき、松井氏の主張は非常に重要であり、私たちは、「地球学的人間論」あるいは「智球」の観点にたって発想の根幹を転換しなければならず、また、時代はそれを要求しているといえるでしょう。
(注)松井孝典著「『智球』の視点で、地球と人間のこれからを考える」地球船No.5,NPO法人地球船クラブ,2〜5ページ, 2008年2月。
松井氏は、情報処理の観点から、「外界を認識するとは、それを脳の中に投影して、外界の内部モデルを作る」ことであるとのべて「智球」ダイアグラムを提唱し、このことをくわしく論じています。
今日、私たちの文明(いわゆる近代文明)は岐路にたっており、その中心的問題は"地球環境問題"です。私たちが今後、この大きな問題にとりくんでいこうとするとき、松井氏の主張は非常に重要であり、私たちは、「地球学的人間論」あるいは「智球」の観点にたって発想の根幹を転換しなければならず、また、時代はそれを要求しているといえるでしょう。
(注)松井孝典著「『智球』の視点で、地球と人間のこれからを考える」地球船No.5,NPO法人地球船クラブ,2〜5ページ, 2008年2月。
サリジャ村に専門家を派遣しました
写真:村人に指導する専門家のEさんヒマラヤ保全協会は,自然環境を保全しながら、住民の生活改善をすすめ、地域社会を活性化させることを目的として、2005年度からパルバット郡サリジャ村およびミャグディ郡ナルチャン村において、「ネパール山村での生活林造りプロジェクト」を開始しました。現地では、苗畑運営の研修・支援と植林事業をすすめるとともに、森林の持続的利用に関した研修・教育事業もおこなっています。これまでに,森林管理委員会および苗畑管理委員会を設立し、村人が主体になった管理運営を実施してきました。当協会では、10年間の植林と森林経営の確立によって,持続的な森林保全を可能にする計画でいます。
一方,地域固有の森林資源、現地住民の希望,UNDPによる織物研修の下地ならびに隣村での紙漉・販売の実績があったことから、収入向上事業として織物事業と紙漉事業にあらたに着手しました。サリジャ村は標高が2200mあり、寒さがきびしくて現金収入につながる樹種(果樹)の植林は困難であるため、両事業が収入向上につながると期待されています。さらに、当協会としては,両事業の収益の一部を苗畑の運営費用にまわすことで,支援が終了した後も自立した苗畑経営・森林経営を可能にする計画をもっています。
「ネパール山村での生活林造りプロジェクト」は、2005年には,地域住民が利用できる「生活林づくり」を目指して、10年間の長期計画と3カ年計画を住民参加により策定し、苗畑を建設しました。
2006年〜2007年には植林活動を本格的に開始し、地域の森林資源を有効に利用して住民の収入を向上させる計画をすすめました。収入向上計画では、プロジェクト地に自生するロクタ(ネパール語名、ミツマタの一種)を原料に「紙漉」、イラクサ(刺草,ネパール語名:アロ)を原料に「織物」をおこなうこととし、その加工施設の建設にむけて準備をしました。
さらに,2006年度には、自然資源管理専門家,環境教育専門家,事業企画専門家の3名を現地に派遣し、原料となるロクタやイラクサの資源量を調査するとともに、住民に対して森林保全・環境保全に関する啓蒙活動をおこないました。また、環境を保全しながら自然資源を持続的に利用するために、森林保全・環境保全・苗畑管理・植林・自然資源利用にいたる自然環境管理システム構築に関する指導を実施しました。
このたび(2007年度)は,過去2年間の活動を踏まえ、森林資源を利用して工芸品を生産販売している工芸専門家(Eさん)と、工芸品販売のための市場調査の専門家(Tさん)の2名を、紙や生地の生産販売による収益事業の具体化に着手するためにサリジャ村へ派遣しました。
両加工施設(建物)は建設できましたが、現地住民、ヒマラヤ保全協会、現地カウンターパートであるヒマラヤ保全協会ネパールにとって、工芸品による収入向上事業にとりくむのは初めての試みであったので今回の専門家派遣となりました。工芸専門家は、加工工程をチェックして生産体制確立のためのアドバイスなどをし,市場調査専門家は、生産物の販売先や販売方法などについて提案・指導をしました。
今後の課題としましては、織物・紙漉の作業従事者の技術をさらにみがくとともに、委員会ならびにヒマラヤ保全協会ネパールのマネージメント能力を強化することがあげられます。
同時に、フェアトレードの具体化にむけて協議をすすめていきます。取引先としては、WSDP(Women’s Skill Development Project, Pokhara)が有力候補ですが、ヒマラヤ保全協会の会員である、ヒマラヤンマテリアル、アミナコレクションとも協議します。基本的には、完成品ではなく半製品をサリジャ村から工場へおろせるようになることを第一の目標にしています。
Eさんの話を以下に紹介します。
このあたりは、ヒマラヤイラクサ(allo)がたくさん自生している地域で、そのalloを使った製品作りによる地域資源の活用と雇用創出を目的として昨年より織物プロジェクトがはじまりました。
現在のメンバーは9人、全員女性で、「農作業や家事の合間の時間を見つけての作業なので、効率よくものつくりをするというわけにはいきませんが、仕事をしている最中はものつくりに集中でき、自分自身に向き合うことができる貴重な時間です」と話していました。
当初、2007年12月の段階で試作品の布を見せていただいた限りでは、正直、品質においては市場に通用できるようなものではなかったので、かなりきびしいなと思いましたが、今回、作り手に会い、道具を見て、仕事ぶりも見せていただいた結果、技術はこの数ヶ月の間にかなり進歩しているようで、特にalloの糸つくりに関しては、ネパール国内に他の地域から流通しているものとくらべてもかなりの高品質で、充分に市場に出しても通用する品質であることを実感しました。
あとはこの糸を使い、サリジャ村ならではの特色ある製品を作り出すことと、もうひとつは村人や近隣の村のニーズに合わせたものつくりが出来れば「地産地消」による仕事ができて、海外や町に出稼ぎに行くひとたちの割合を少しでも少なくできればと思いました。
今回のアドバイスにより、意欲を見せてくれた生産者たちが、次回行ったときにどんな製品に仕上げてくれるのかが楽しみです。まだ他の村でも試みていないことなので、もし成功すれば、この村ならではの特産品として付加価値も高まります。
このalloの織物プロジェクトと天然染料のプロジェクトがかたちになれば、村の資源と伝統技術の保護、それが森林保全の活動につながっていくことを見守っていきたいと思います。
再度、この年の夏の終わりころ、alloの収穫時期に合わせて訪問してみたいと思います。
現在のメンバーは9人、全員女性で、「農作業や家事の合間の時間を見つけての作業なので、効率よくものつくりをするというわけにはいきませんが、仕事をしている最中はものつくりに集中でき、自分自身に向き合うことができる貴重な時間です」と話していました。
当初、2007年12月の段階で試作品の布を見せていただいた限りでは、正直、品質においては市場に通用できるようなものではなかったので、かなりきびしいなと思いましたが、今回、作り手に会い、道具を見て、仕事ぶりも見せていただいた結果、技術はこの数ヶ月の間にかなり進歩しているようで、特にalloの糸つくりに関しては、ネパール国内に他の地域から流通しているものとくらべてもかなりの高品質で、充分に市場に出しても通用する品質であることを実感しました。
あとはこの糸を使い、サリジャ村ならではの特色ある製品を作り出すことと、もうひとつは村人や近隣の村のニーズに合わせたものつくりが出来れば「地産地消」による仕事ができて、海外や町に出稼ぎに行くひとたちの割合を少しでも少なくできればと思いました。
今回のアドバイスにより、意欲を見せてくれた生産者たちが、次回行ったときにどんな製品に仕上げてくれるのかが楽しみです。まだ他の村でも試みていないことなので、もし成功すれば、この村ならではの特産品として付加価値も高まります。
このalloの織物プロジェクトと天然染料のプロジェクトがかたちになれば、村の資源と伝統技術の保護、それが森林保全の活動につながっていくことを見守っていきたいと思います。
再度、この年の夏の終わりころ、alloの収穫時期に合わせて訪問してみたいと思います。
百聞は一見にしかず、国際協力の「フィールド」へ! -第20回スタディツアーを開催しました-
第20回スタディツアー(ネパール・ヒマラヤ・フィールドワークの旅 )テーマ「森林保全と参加型村落開発」を開催しました。
「百聞は一見にしかず、国際協力の「フィールド」へ!」ということで、 ヒマラヤ保全協会のネパール事業地を訪問し、国際協力の現場を見学、植林などの現地活動に参加しました。今回は特に、「フィールドワーク」に焦点をあて、異なる自然・文化・社会の中につかり、日本からでは見えにくい現地の様子を、自分の目で確かめ、心で感じ、様々なことを考える貴重な時間をつくりだしました。
参加者の感想です。
「百聞は一見にしかず、国際協力の「フィールド」へ!」ということで、 ヒマラヤ保全協会のネパール事業地を訪問し、国際協力の現場を見学、植林などの現地活動に参加しました。今回は特に、「フィールドワーク」に焦点をあて、異なる自然・文化・社会の中につかり、日本からでは見えにくい現地の様子を、自分の目で確かめ、心で感じ、様々なことを考える貴重な時間をつくりだしました。
参加者の感想です。
先日のネパールの旅では大変お世話になりました。
Tさんやネパールの現地スタッフの方、また4名のすばらしい参加者のおかげで、一生の思い出となるすばらしい旅をすることができました。帰国後も早速他の参加者と連絡を取り合い、交流をしています。
必ず、またネパールを訪れたいと思っています。次回は一旅行者としてではなく、一ボランティアとして訪れ、ネパールに何らかのお手伝いができればと思っています。
本当にありがとうございました。(Y.Y.)
Tさんやネパールの現地スタッフの方、また4名のすばらしい参加者のおかげで、一生の思い出となるすばらしい旅をすることができました。帰国後も早速他の参加者と連絡を取り合い、交流をしています。
必ず、またネパールを訪れたいと思っています。次回は一旅行者としてではなく、一ボランティアとして訪れ、ネパールに何らかのお手伝いができればと思っています。
本当にありがとうございました。(Y.Y.)
エコ・プロジェクトを地道にすすめる
エコ・プロジェクト(ゴミ処理・観光ルート美化プロジェクト)がすすんでいます。
ガーラ村は、バフン・チェットリの村であり、個々人の自己主張がつよく、まとまりが弱いという問題はありますが、時間をかけて地道にとりくんでいけばよいとおもいます。
2000年〜2005年ごろのIHCのプロジェクトは、マガールの村にかたよりすぎていたという問題がありましたので、バフン・チェットリの村にも協力するということは、様々な民族に平等に接する、バランスのとれた事業展開という別の観点からも重要です。
ところで、このたび、先に申請しておりました、来年度(H20年度)の「ゴミ処理・観光ルート美化プロジェクト」の実施が決定されました。プロジェクトサイトは、タトパニとナルチャンになっています。タトパニにつきましては、大きな困難が予想されていますが、その場合は、ゴミ箱の設置など、できることをまずおこない、その先につなげていくようなプログラムを組めばよいとおもいます。
ヒマラヤ保全協会ネパールからあらたに提案のあったシーカ下村につきましては、今後の協議により、来年度実施するか、その後にするか決めたいとおもいます。
以下は、N理事からの現地レポートです。
W.T.氏、W.K.氏と3人+ネパールスタッフ2名(チトラ、プレム氏)=計5名で向かった観光トレッキングエリアから、一足先にポカラに帰ってきました。こちらは晴天、マチャプチェレを背景に、花々がきれいです。日中は半そで、川で泳ぐ子どもの姿も見えます。
W両氏はチトラ氏とともに、今日からナルチャン村に入り、2日間滞在します。今までの作業の概要、情報は以下のとおりです。
〜9日(移動)
※カリガンダキ沿いにハイウェイ(自動車道)が出来ている。車両不備、調査で移動が遅れ、9日はラトパニ泊。
10日(移動&事前準備)
ガーラ村で事前調整、リーダー不在で調整は困難。シーカ村でリーダおよびゴミ委員会とミーティング、20人近くが参加。こちらは協力的で大変順調。すでに道は大体きれい。選挙のため学校が12日から休みに入るとのことで、ワークショップは翌日に開始。
11日(シーカ村でプログラム)
午前中は上シーカ村で70名の生徒と水質調査ワークショップを実施。すべての水道を調べる。午後は村人とクリーンナップキャンペーン&解説。ゴミ処理への理解を深め、今後は月一回クリーンナップ活動を行うそう。両イベントは大盛況。ゴミピット(埋め立て地)、ゴミ箱ともに完成。夜はバグビール氏、先生と深夜まで飲み、旧交を深める。新情報としては、今後5年以内にタトパニからシーカにモーターロードの計画あり。観光産業の戦略の必要性を感じる。新学校はほぼ完成しており、パソコンも最新機が入っている。今後1年を通じて、教師が水質データを収集する。尚、下シーカ村は上シーカと別にプロジェクトを進めることを希望しており、今回は行わない。
12日(ガーラでプログラム)
早朝にごみ委員会メンバーを個別に訪ね、再調整。11時から委員会とミーティング。ピットは1つのみ作られており、あと3つ手がけていない。作業が遅れているので、IHCNはまだお金を渡さず、交渉を重ね、てこずっていた。日本からも念押しをする。本派遣中に作るという約束をする。クリーンナップイベントはごみ委員会10数名と期末最終日の生徒60〜70名で実施。回収後、基礎的なゴミ知識を解説した。また、再度ゴミ委員会とミーティング、計画を共有。夕方、キバン村に書類を取りに行くネパールスタッフに同行。アルゲリの生育が良い。ゴミ委員会リーダーのロッジに泊まり、対話をする。
13日(ガーラで水質調査&移動&タトパニ)
ゴミ委員会リーダーとともに、村の一部をまわり、パックテストによる水質調査を行う。おおむね生態系の中で浄化されているが、衛生に関する村人の意識を変える必要あり。ガーラにはデリというローカースト集落があり、また、チェトリ族は行動が伴いにくく、動きがまとまっていない。私たちのゴミを拾う姿を見せる。今回の対話とワークショップで小さく前進した。3日後の訪問結果に期待する。
14日(タトパニ)
タトパニは各宿の主人が不在で、情報収集困難。観光地のため、さまざまな人が入っており、多くは
商人カーストタカリー族など。ビジネスで考える人が多いため、やり方が村とは異なるだろう。街道はゴミがないが、入り口にゴミの山。処理方法(具体的には埋め立てなど)を示し、地域で処理のための仕組みを作る必要あり。観光客はシーズンということもあり、多い。
また、13日にナルチャン村のリーダー・テイジグルン氏がタトパニに来ており、以下の情報を得ました。
・ナルチャンは新しい高校が出来、来期から始まる。(今まではタトパニまで通っていた)教師も3名追加。
周辺の村から住民が移動、人口が増加している。
・ナルチャンまでの道はハイウェイで良くなった。タトパニから歩いて1時間に短縮され、道が完成すれば車両が途中まで入り、より短縮される。
・ハイドロ水力発電が1基新規に作られた。電力会社はあと3基設置の予定。水利権で村に収入が入る。
変化の兆候が現れています。テイジ氏はこの状況下で、村の環境を守りながら発展したいと繰り返し話していました。水利など利害が発生し、課題も多いようです。尚、今回松本大学から古いタイプではありますが、ノートパソコンをナルチャン村とアウロ村に1台づつ寄贈しました。生徒の学習に使われる予定です。
W.T.さんはすばらしい写真をたくさん取っています。また、農産物のマーケティングなどアドバイスされていたり、村人に有用な情報と喜ばれています。W.K.さんは長旅になりますが、会計、情報収集にご尽力なさっています。
以上、ポカラから途中報告でした。
ガーラ村は、バフン・チェットリの村であり、個々人の自己主張がつよく、まとまりが弱いという問題はありますが、時間をかけて地道にとりくんでいけばよいとおもいます。
2000年〜2005年ごろのIHCのプロジェクトは、マガールの村にかたよりすぎていたという問題がありましたので、バフン・チェットリの村にも協力するということは、様々な民族に平等に接する、バランスのとれた事業展開という別の観点からも重要です。
ところで、このたび、先に申請しておりました、来年度(H20年度)の「ゴミ処理・観光ルート美化プロジェクト」の実施が決定されました。プロジェクトサイトは、タトパニとナルチャンになっています。タトパニにつきましては、大きな困難が予想されていますが、その場合は、ゴミ箱の設置など、できることをまずおこない、その先につなげていくようなプログラムを組めばよいとおもいます。
ヒマラヤ保全協会ネパールからあらたに提案のあったシーカ下村につきましては、今後の協議により、来年度実施するか、その後にするか決めたいとおもいます。
以下は、N理事からの現地レポートです。
W.T.氏、W.K.氏と3人+ネパールスタッフ2名(チトラ、プレム氏)=計5名で向かった観光トレッキングエリアから、一足先にポカラに帰ってきました。こちらは晴天、マチャプチェレを背景に、花々がきれいです。日中は半そで、川で泳ぐ子どもの姿も見えます。
W両氏はチトラ氏とともに、今日からナルチャン村に入り、2日間滞在します。今までの作業の概要、情報は以下のとおりです。
〜9日(移動)
※カリガンダキ沿いにハイウェイ(自動車道)が出来ている。車両不備、調査で移動が遅れ、9日はラトパニ泊。
10日(移動&事前準備)
ガーラ村で事前調整、リーダー不在で調整は困難。シーカ村でリーダおよびゴミ委員会とミーティング、20人近くが参加。こちらは協力的で大変順調。すでに道は大体きれい。選挙のため学校が12日から休みに入るとのことで、ワークショップは翌日に開始。
11日(シーカ村でプログラム)
午前中は上シーカ村で70名の生徒と水質調査ワークショップを実施。すべての水道を調べる。午後は村人とクリーンナップキャンペーン&解説。ゴミ処理への理解を深め、今後は月一回クリーンナップ活動を行うそう。両イベントは大盛況。ゴミピット(埋め立て地)、ゴミ箱ともに完成。夜はバグビール氏、先生と深夜まで飲み、旧交を深める。新情報としては、今後5年以内にタトパニからシーカにモーターロードの計画あり。観光産業の戦略の必要性を感じる。新学校はほぼ完成しており、パソコンも最新機が入っている。今後1年を通じて、教師が水質データを収集する。尚、下シーカ村は上シーカと別にプロジェクトを進めることを希望しており、今回は行わない。
12日(ガーラでプログラム)
早朝にごみ委員会メンバーを個別に訪ね、再調整。11時から委員会とミーティング。ピットは1つのみ作られており、あと3つ手がけていない。作業が遅れているので、IHCNはまだお金を渡さず、交渉を重ね、てこずっていた。日本からも念押しをする。本派遣中に作るという約束をする。クリーンナップイベントはごみ委員会10数名と期末最終日の生徒60〜70名で実施。回収後、基礎的なゴミ知識を解説した。また、再度ゴミ委員会とミーティング、計画を共有。夕方、キバン村に書類を取りに行くネパールスタッフに同行。アルゲリの生育が良い。ゴミ委員会リーダーのロッジに泊まり、対話をする。
13日(ガーラで水質調査&移動&タトパニ)
ゴミ委員会リーダーとともに、村の一部をまわり、パックテストによる水質調査を行う。おおむね生態系の中で浄化されているが、衛生に関する村人の意識を変える必要あり。ガーラにはデリというローカースト集落があり、また、チェトリ族は行動が伴いにくく、動きがまとまっていない。私たちのゴミを拾う姿を見せる。今回の対話とワークショップで小さく前進した。3日後の訪問結果に期待する。
14日(タトパニ)
タトパニは各宿の主人が不在で、情報収集困難。観光地のため、さまざまな人が入っており、多くは
商人カーストタカリー族など。ビジネスで考える人が多いため、やり方が村とは異なるだろう。街道はゴミがないが、入り口にゴミの山。処理方法(具体的には埋め立てなど)を示し、地域で処理のための仕組みを作る必要あり。観光客はシーズンということもあり、多い。
また、13日にナルチャン村のリーダー・テイジグルン氏がタトパニに来ており、以下の情報を得ました。
・ナルチャンは新しい高校が出来、来期から始まる。(今まではタトパニまで通っていた)教師も3名追加。
周辺の村から住民が移動、人口が増加している。
・ナルチャンまでの道はハイウェイで良くなった。タトパニから歩いて1時間に短縮され、道が完成すれば車両が途中まで入り、より短縮される。
・ハイドロ水力発電が1基新規に作られた。電力会社はあと3基設置の予定。水利権で村に収入が入る。
変化の兆候が現れています。テイジ氏はこの状況下で、村の環境を守りながら発展したいと繰り返し話していました。水利など利害が発生し、課題も多いようです。尚、今回松本大学から古いタイプではありますが、ノートパソコンをナルチャン村とアウロ村に1台づつ寄贈しました。生徒の学習に使われる予定です。
W.T.さんはすばらしい写真をたくさん取っています。また、農産物のマーケティングなどアドバイスされていたり、村人に有用な情報と喜ばれています。W.K.さんは長旅になりますが、会計、情報収集にご尽力なさっています。
以上、ポカラから途中報告でした。
トピックス -カリガンダキ道路の開通と選挙活動の活発化-
無事帰国しました。現地プロジェクト(生活林プロジェクト、環境プロジェクト)の方は順調にすすんでおります。
現地(ミャグディ付近)のトピックスとしましては、カリガンダキ道路の開通、選挙活動の活発化などがありました。ネパールとともに、ミャグディおよびその周辺域も急激に変化してきています。今後、プロジェクトをあらたにすすめるにあたっては、今までにもまして適切な情勢判断が必要になってくるでしょう。くわしくは後ほど報告させていただきます。
現地(ミャグディ付近)のトピックスとしましては、カリガンダキ道路の開通、選挙活動の活発化などがありました。ネパールとともに、ミャグディおよびその周辺域も急激に変化してきています。今後、プロジェクトをあらたにすすめるにあたっては、今までにもまして適切な情勢判断が必要になってくるでしょう。くわしくは後ほど報告させていただきます。
ポカラで亜熱帯からヒマラヤを一望する
ヒマラヤ保全協会のネパール事務所はネパール西部の中核都市ポカラにあります。ここは亜熱帯気候に属し(緯度は日本の奄美諸島あたり)、年間平均降水量3500mm、夏場の最高気温は約35度C、バナナやマンゴーが熟し、ブーゲンビリアやハイビスカス、ポインセチアなどが咲き乱れます。その一方、アンナプルナなどのヒマラヤの8000メートル峰を眺望できるフェワ湖にはアンナプルナの峰々が湖面にうつり、おとずれる人々を魅了してれます。
1899年、最初にポカラをおとずれた日本人、河口慧海は、「ネパールヒマラヤ山中で見た甚だ美しい山紫水明の都会」として賞賛しています。
ここは、アンナプルナへの玄関であるとともに、ヒマラヤ保全協会の事業地への玄関でもあります。アンナプルナへトレッキングいく前に、また、ヒマラヤ保全協会の事業地へいく前に、亜熱帯からヒマラヤを一望できるポカラで、このあたりの自然環境の多様性や全体像をつかんでおけば、現地ので体験はよりふかまることでしょう。
シヴァ神が降臨する夜 -シヴァ・ラットリー-
今日は、シヴァ・ラットリー。ヒンドゥー教の三最高神の一柱シヴァが降臨する夜である日です。たくさん人々が、ヒンドゥー寺院に参籠しています。
シヴァは、創造神ブラフマー、維持神ヴィシュヌに対して破壊をつかさどり、ヒンドゥー教の三神一体(トリムールティ)論では、世界の寿命がつきた時、世界を破壊して次の世界創造に備える役目をもっているとされています。
シヴァは、創造神ブラフマー、維持神ヴィシュヌに対して破壊をつかさどり、ヒンドゥー教の三神一体(トリムールティ)論では、世界の寿命がつきた時、世界を破壊して次の世界創造に備える役目をもっているとされています。
民主化によりプロジェクトがすすむ一方で、あらたな問題も発生してきた
ヒマラヤ保全協会(IHC)から、ヒマラヤ保全協会ネパールのスタッフ、リル=プンさんに、以下の質問をしてみました。
【質問】1996年から2006年まで、毛派と政府との戦闘がつづきましたが、その間の IHCの事業に対する影響はどのようでありましたか?
【質問】2006年以降は、それ以前の時期と比較して、IHCの事業にどのような変化が生じつつありますか? 憲法制定議会選挙が2度延期 された影響はありますか? また、来月4月10日に予定されている選挙以後は、何か 新しい社会経済的状況が生じて、その影響がIHCの活動に及ぶこと予想されますか?
【質問】1996年から2006年まで、毛派と政府との戦闘がつづきましたが、その間の IHCの事業に対する影響はどのようでありましたか?
【回答】IHCにとって、これといったネガティブな大きな影響あまりありませんでした。他のNGOにはあったようですが。一方で、これといったポジティブな影響もありませんでした。
ただし、マオイストの活動の影響でVDC(村落開発委員会)や村のリーダーが退避してしまったので、村への連絡や、プロジェクトのマネージメントがやや不十分になったことはあります。また、キーパーソンがいなくなった村ではリーダーシップがなくなり、プロジェクトの進捗がおそくなったということはあります。
ただし、マオイストの活動の影響でVDC(村落開発委員会)や村のリーダーが退避してしまったので、村への連絡や、プロジェクトのマネージメントがやや不十分になったことはあります。また、キーパーソンがいなくなった村ではリーダーシップがなくなり、プロジェクトの進捗がおそくなったということはあります。
【質問】2006年以降は、それ以前の時期と比較して、IHCの事業にどのような変化が生じつつありますか? 憲法制定議会選挙が2度延期 された影響はありますか? また、来月4月10日に予定されている選挙以後は、何か 新しい社会経済的状況が生じて、その影響がIHCの活動に及ぶこと予想されますか?
【回答】村人は、マオイストからとやかく言われることがなくなったので心配がなくなりました。また、人がもどってきました。選挙活動はつづけれれており、村人の啓発にとって効果があります。選挙が実施されれば、ふたたび村の代表が決まり、プロジェクトの推進にとっても好都合です。プロジェクトはやりやすくなるでしょう。
なお、選挙の実施に関してはネパール政府からNGOに対して協力するように要請がきていてます。村人に対する事前トレーニングなどをおこないます。
現在、ネパール山岳地帯はかなり安定してきていますが、タライのマデシ(インド系住民)の抗議活動による混乱はネパールにとって大問題だとおもいます。
なお、選挙の実施に関してはネパール政府からNGOに対して協力するように要請がきていてます。村人に対する事前トレーニングなどをおこないます。
現在、ネパール山岳地帯はかなり安定してきていますが、タライのマデシ(インド系住民)の抗議活動による混乱はネパールにとって大問題だとおもいます。
現地プロジェクトは順調にすすんでいます
しばらく事業地にいましたが、ようやくポカラへもどってきました。
こちらは、ポカラ、カトマンドゥともに1日8時間の停電が毎日つづいており、また、マデシ(ネパール南部のタライにすむインド系住民)の抗議活動により、ガソリン・ガスなどの配送が止められ苦労しています。
さて、以下、簡単に近況をご報告します。
1月よりつづけられていました、会員のTさん・Tさん・Eさんによる「生活林づくりプロジェクト」(第2フェーズ)現地活動はとどこおりなく終了し、皆さん無事帰国されました。
「生活林づくりプロジェクト」第2フェーズでは、この1年間に20,886本の植樹をおこない、目標を達成しました。現地住民を対象にした森林保全ワークショップなどもすべて終了しました。ロクタ紙加工施設、イラクサ織物施設の建物建設も完了しました。
第20回スタディーツアー「ネパール・ヒマラヤ、フィールドワークの旅」(サリジャ村、ナンギ村を訪問)は冬のヒマラヤを堪能し、参加者の皆さんは無事帰国されました。
3月7日には、ヒマラヤ保全協会の環境チーム(会員・理事のNさん・Wさん・Wさん)が、ネパールに到着し、約1ヶ月をかけて、「ゴミ処理・観光ルート美化」プログラムにとりくみます。
これらの現地活動につきましては、報告会を後日ひらき、現地の写真をまじえてくわしくご説明しますのでお越しいただければ幸いです。
こちらは、ポカラ、カトマンドゥともに1日8時間の停電が毎日つづいており、また、マデシ(ネパール南部のタライにすむインド系住民)の抗議活動により、ガソリン・ガスなどの配送が止められ苦労しています。
さて、以下、簡単に近況をご報告します。
1月よりつづけられていました、会員のTさん・Tさん・Eさんによる「生活林づくりプロジェクト」(第2フェーズ)現地活動はとどこおりなく終了し、皆さん無事帰国されました。
「生活林づくりプロジェクト」第2フェーズでは、この1年間に20,886本の植樹をおこない、目標を達成しました。現地住民を対象にした森林保全ワークショップなどもすべて終了しました。ロクタ紙加工施設、イラクサ織物施設の建物建設も完了しました。
第20回スタディーツアー「ネパール・ヒマラヤ、フィールドワークの旅」(サリジャ村、ナンギ村を訪問)は冬のヒマラヤを堪能し、参加者の皆さんは無事帰国されました。
3月7日には、ヒマラヤ保全協会の環境チーム(会員・理事のNさん・Wさん・Wさん)が、ネパールに到着し、約1ヶ月をかけて、「ゴミ処理・観光ルート美化」プログラムにとりくみます。
これらの現地活動につきましては、報告会を後日ひらき、現地の写真をまじえてくわしくご説明しますのでお越しいただければ幸いです。

