氷河湖観測のためのワイヤレス・インターネット -技術支援をするマハビール=プン会長-
ヒマラヤ保全協会ネパール会長のマハビール=プンさんが、2008年4月15-16日に京都で開催された国際会議"ICT and Climate Change"(共催:ITU※および日本政府)に、途上国のスピーカーとして招待され来日しました。ヒマラヤは、地球温暖化の影響をもっともつよく受ける地域の一つと想定され、氷河湖が拡大し大規模な崩壊がおこった場合、下流の人家、発電所、道路、橋などの主要インフラに甚大な被害がでるほか、多数の人命もうしなわれると予想されています。
そこで、氷河湖の水位を測定し、被害を未然に防止ないし的確に予報するために無線インターネット技術が利用されています。
マハビール=プンさんは、「ネパール・ワイヤレス・ネットワーキング・プロジェクト」を2002年から開始、ポカラとアンナプルナ山麓の村々を無線インターネットでむすび効果をあげ、2007年に「アジアのノーベル賞」とよばれるマグサイサイ賞を受賞しました。
彼は、この功績により、氷河湖観測のための無線インターネット技術の支援も開始したという訳です。
4月17日には、「ネパール・無線ネット・プロジェクト -アンナプルナ&エベレスト情報ハイウェイを目指して」と題してプンさんを囲む会が開催されました(共催:BHNテレコム支援協議会・慶応大学・多摩大学、会場:JICA地球ひろば)。
現在、ポカラ-カトマンドゥ、カトマンドゥ-エベレスト地域をむすぶ無線インターネットの構築も構想されています。
※ ITU: International Telecommunication Union(国際電気通信連合)
写真:講演するマハビール=プンさん(JICA地球広場にて)
ヒマラヤで氷河の後退がすすむ -地球温暖化のバロメーター-
Newton別冊『地球温暖化』(注)の8〜9ページに、「ヒマラヤでもすすむ氷河の後退」と題して、ヒマラヤ山脈ネパール東部のAX010氷河が後退していく様子が4枚の写真によりしめされています。この写真は、同氷河を、1978年、1989年、1998年、2004年の4回にわたって定位置から撮影したもので、これらを見ると氷河の後退、つまり気温上昇(地球温暖化)は一目瞭然です。
このように、ヒマラヤ山脈は地球温暖化の「模式地」あるいは「バロメーター」としても重要な役割を果たしています。
本書の目次は次の通りであり、地球温暖化の原因として大気中のCO2の増加があげられています。
このように、ヒマラヤ山脈は地球温暖化の「模式地」あるいは「バロメーター」としても重要な役割を果たしています。
本書の目次は次の通りであり、地球温暖化の原因として大気中のCO2の増加があげられています。
プロローグ 地球温暖化の影響ははじまっている
PART1 地球温暖化は本当か?
PART2 地球温暖化の原因は何か?
PART3 地球温暖化で何がおきるか?
PART4 明日のために何ができるか?
PART5 徹底検証「地球温暖化」
PART1 地球温暖化は本当か?
PART2 地球温暖化の原因は何か?
PART3 地球温暖化で何がおきるか?
PART4 明日のために何ができるか?
PART5 徹底検証「地球温暖化」
(注)『地球温暖化』-人類に突きつけられた最大の課題 何が起きるのか? どう克服するのか?-。(Newton別冊), 西岡秀三監修, ニュートンプレス, 2008年2月15日。
緑の地球をまもるために -ヒマラヤの自然をまもる活動がつづく-

解説:(財)緑の地球防衛基金 第2回研究・活動報告会「緑の地球をまもるために」が開催されました(注)。当日は、第二部において、ヒマラヤ保全協会が「ヒマラヤの自然をまもる活動」と題して報告しました。以下はその要約です。ヒマラヤ保全協会は、(財)緑の地球防衛基金様ならびに(株)オーエムシーカード様から「ヒマラヤの自然をまもる活動」に対して長年にわたりご支援ご協力をいただいております。ここに明記して感謝の意を表します。
ヒマラヤ保全協会は、「ヒマラヤの自然をまもる活動」として森林再生・森林保全を中心とした活動をおもにおこなっています。この活動により、ヒマラヤ地域の緑化、水源確保、野生動物の保護、土砂災害の防止などが促進されて自然環境が保全されるとともに、森林資源の供給により地域住民の生活がうるおうという効果が生じています。
私たちの活動は34年前からはじまり、その活動は下記の3期に区分されます。
(1)第1期「ロープライン・プロジェクト」
ヒマラヤの山岳民族は、薪・家畜飼料・堆肥などを集落周辺の森林から採取しているため、集落にちかいところから森林は次第に後退していました。森林破壊はいちじるしく、緊急の対策が必要でした。
そこで、集落からとおくはなれた豊かな森林から、計画的に森林資源を採取し運搬するためのロープラインを建設しました。これにより、ともかく森林の後退が停止しました。
(2)第2期「植林プロジェクト」
ロープライン・プロジェクトが一定の成果をあげて余裕が生じたのを機に、苗畑運営と植樹を開始しました。5か村に苗畑を設置、苗木を育成、荒れ地に順次植樹していき、積極的に森林再生にとりくみました。15年間で、約70万本の植樹、約1500haの面積に森林を再生させてきました。
(3)第3期「生活林づくりプロジェクト」
ヒマラヤの山岳民族は、森林の中に入り込んだ生活をしており、その暮らしは森林資源に高度に依存しています。そこで、単に木を生産するだけではなく、地域住民の生活を積極的にうるおす「生活林づくりプロジェクト」をはじめました。「生活林」とは、薪・家畜飼料・食品・薬品・土壌保全機能など、住民が生活していくうえで重要な機能をかねそなえた、住民の最も重要な生活基盤となる森林のことです。具体的には、果樹の育成、森林資源の積極的利用のプログラムなどをくみました。
これにより、森林保全活動に、地域住民が今まで以上に主体的に参加するようになってきました。これは、住民みずからがみずからの森をそだてるといった取り組みであり、住民が主体的に参加しながら、持続的継続的に、自然環境を再生・保全していくプロセスです。
このように、「生活林づくり」は、住民が主体になった環境保全活動をうみだし、ヒマラヤの自然をまもる活動がさらに促進される明るい見通しがでてきました。
写真:放棄された農耕地(左)。土壌浸食がすすみ基盤岩が露出してしまった土地(中)。村人と日本人が協力して植樹をすすめる(右)。
■質疑応答
Q「植樹により、農耕地を森林にもどすこともおこなっているそうですが、農業をいとなむ農家はこまらないのでしょうか?」
A「私たちは、森林伐採によって生じた荒れ地、出稼ぎなどで放棄された農耕地に植樹をしています。現在、農耕がいとなまれている農耕地はそのままにし、農家の人々がこまらないようにしています。ネパールでは、近年、海外へ出稼ぎにでる人々がふえ、放棄されてしまう農耕地が増えています」
Q「『生活林』づくりにとりくんでいるそうですが、森林を再生させることと、住民を経済的にゆたかにすることはどのように調和させていますか? 森林再生と経済発展は相反することが多いので聞きました」
A「ヒマラヤに居住する山村民は、今でも、自給自足の生活をしているため、現金収入を得るという経済的な側面ではなく、彼らの生活そのものをうるおすための『生活林』づくりにとりくんでいます。具体的には、薪や堆肥、飼料木の森林資源を地域住民に十分供給できるようにし、またその運搬にかかる労働を軽減し、住民の生活を楽にするようにしています。ただし、一部では果樹の導入など換金作物の栽培などによる住民の収入向上プログラムもおこなっています」
Q「そのような一定の成果があがるまでに何年ぐらいかかるのですか?」
A「約10年かかります。成果があがるまでに時間がかかるので、当初は、住民の理解が得られるまでに時間がかかりましたが、現在では、すでに成果があがった村々がありますので、その村がモデルになって、あたらしい村々での植林活動は、住民の理解も得られ、やりやすくなっています」
Q「苗畑はどこにつくるのですか?」
A「それぞれの植林地の中心となる村にそれぞれ建設します」
Q「苗畑ではどのような樹種をそだてるのですか?」
A「ネパールハンノキとネパールマツが多いですが、それぞれの地域の標高(気候)に応じて適切な樹種を選択してそだてています。ヒマラヤは標高差が非常に大きいので、低地では亜熱帯、高地では、温帯から高山帯(寒帯)へと気候(環境)が大きく変化します」
Q「地元の人々の主食は何ですか?」
A「標高が低いところから約1700mぐらいまでのところの人々は米、それよりも高地にすんでいる人々はトウモロコシを主食としています。気候により、収穫できる農作物がことなり、また民族もことなります」
Q「植樹により、農耕地を森林にもどすこともおこなっているそうですが、農業をいとなむ農家はこまらないのでしょうか?」
A「私たちは、森林伐採によって生じた荒れ地、出稼ぎなどで放棄された農耕地に植樹をしています。現在、農耕がいとなまれている農耕地はそのままにし、農家の人々がこまらないようにしています。ネパールでは、近年、海外へ出稼ぎにでる人々がふえ、放棄されてしまう農耕地が増えています」
Q「『生活林』づくりにとりくんでいるそうですが、森林を再生させることと、住民を経済的にゆたかにすることはどのように調和させていますか? 森林再生と経済発展は相反することが多いので聞きました」
A「ヒマラヤに居住する山村民は、今でも、自給自足の生活をしているため、現金収入を得るという経済的な側面ではなく、彼らの生活そのものをうるおすための『生活林』づくりにとりくんでいます。具体的には、薪や堆肥、飼料木の森林資源を地域住民に十分供給できるようにし、またその運搬にかかる労働を軽減し、住民の生活を楽にするようにしています。ただし、一部では果樹の導入など換金作物の栽培などによる住民の収入向上プログラムもおこなっています」
Q「そのような一定の成果があがるまでに何年ぐらいかかるのですか?」
A「約10年かかります。成果があがるまでに時間がかかるので、当初は、住民の理解が得られるまでに時間がかかりましたが、現在では、すでに成果があがった村々がありますので、その村がモデルになって、あたらしい村々での植林活動は、住民の理解も得られ、やりやすくなっています」
Q「苗畑はどこにつくるのですか?」
A「それぞれの植林地の中心となる村にそれぞれ建設します」
Q「苗畑ではどのような樹種をそだてるのですか?」
A「ネパールハンノキとネパールマツが多いですが、それぞれの地域の標高(気候)に応じて適切な樹種を選択してそだてています。ヒマラヤは標高差が非常に大きいので、低地では亜熱帯、高地では、温帯から高山帯(寒帯)へと気候(環境)が大きく変化します」
Q「地元の人々の主食は何ですか?」
A「標高が低いところから約1700mぐらいまでのところの人々は米、それよりも高地にすんでいる人々はトウモロコシを主食としています。気候により、収穫できる農作物がことなり、また民族もことなります」
追記:報告会当日は、他の方々からも発表がありました。重要なポイントを以下に追記しておきます。
現在、地球温暖化がすすんでいます。原因はCO2の増加です。IPCCの研究と提言は重要です。ハワイ、マウナロアのCO2観測の例は有名です。CO2増加の最大の原因は森林の減少であり、森林減少は、中南米や東南アジアの熱帯林が顕著ですが、ヒマラヤでも減少しています。森林はCO2を吸収しますので、その減少は温暖化につながります。マウナロアの観測でも、春になると森林がCO2をすうこともあきらかになっています。
森林の減少はCO2の増加をもたらしますので、森林を伐採したら植林をして森林を増やす必要があります。森林は利用しつつ育てるという循環が必要であり、これにより、CO2の増加はおさえられます。ただし、原生林(極相林)はCO2の吸収と排出がほとんど同じ(プラスマイナス・ゼロ)です。
「緑の地球をまもる」活動にとって、もっとも重要なことは「フィールドにこそ真実がある」ということです。フィールドで真に正しい情報をつかみ、フィールドに根ざしてかんがえる。「緑の地球をまもる」活動をつづけている団体はまさにこれを実践しており、今後とも、このコンセプトのもとで活動継続していくこと重要です。
森林の減少はCO2の増加をもたらしますので、森林を伐採したら植林をして森林を増やす必要があります。森林は利用しつつ育てるという循環が必要であり、これにより、CO2の増加はおさえられます。ただし、原生林(極相林)はCO2の吸収と排出がほとんど同じ(プラスマイナス・ゼロ)です。
「緑の地球をまもる」活動にとって、もっとも重要なことは「フィールドにこそ真実がある」ということです。フィールドで真に正しい情報をつかみ、フィールドに根ざしてかんがえる。「緑の地球をまもる」活動をつづけている団体はまさにこれを実践しており、今後とも、このコンセプトのもとで活動継続していくこと重要です。
(注)主催:財団法人 緑の地球防衛基金、後援:株式会社オーエムシーカード。会場:TKP田町ビジネスセンター。
> オーエムシー「地球にやさしいカード」へのご協力はこちらです
チウラとパニールは、ネパールの人々が「半農半牧民」であることを反映してる
第6回ネパール家庭料理教室を開催しました。今回は、スープカレーとサーデコ(ジャガイモのスパイスあえ)をつくり、チウラ(干し米)とパニール(チーズ)と一緒にいただきました。チウラとは、ネパールの典型的な保存食であり、炊いたご飯のかわりに時々食べます。そのままでもいただけますが、煎って食べると大変おいしいです。パニールは、ダヒ(ヨーグルト)、ギウ(バター)とならぶ、ネパールの典型的な乳製品です。
このように、米と乳製品を一緒にたべる食文化はネパールでは伝統的なものであり、これは、ネパールの人々が純粋な農耕民族ではなく、農耕とともに家畜を飼育する「半農半牧民」であることを反映しています。
写真:中央がチウラ。右下がパニール。
都市国家から領土国家への歴史を見ることができる
NHKアジア語楽紀行「旅するネパール語」のテキストの94-97ページに、東京外国語大学名誉教授の石井溥氏がネパールの歴史をきわめて簡潔にわかりやすくまとめています。その要点は以下のとおりです(注)。
これを、「素朴文化の段階」、「都市国家の時代」、「領土国家の時代」という文明発展の三段階にもとづいて整理しなおすと次のようになります。
(1)素朴文化の段階:素朴文化の段階をしめす証拠として石器が見つかる。
(2)都市国家の時代:リッチャヴィ王朝〜マッラ王朝。
(3)領土国家の時代:シャハ王朝〜現在。
ここで注目すべきは、(2)「都市国家の時代」です。都市国家とは、行政の中心として王宮があり、そこを中心にして周辺に町がひろがっていて、その周縁部は自然環境の中に自然にとけこんでいくといったイメージでとらえることができます。ネパールのカトマンドゥ盆地では、この時代に、ヒンズー教・仏教に基づいた「ネワール文化」が花開き、寺院・王宮建築、彫刻、儀礼、音楽、戯曲などが発展・成熟しました。この地域以外のほかのすべての地域では、現在、都市国家は遺跡になってしまっていますが、ここにはその原型がかなりよく保存されているだけでなく、今でも人々がくらして生活をいとなんでいます。これはまさに人類の貴重な遺産であり、実際「世界遺産」に指定されています。
都市国家の時代は、1769年、ゴルカの勢力がマッラ王朝を攻め落としたことにより終焉し、その後、ネパールとイギリスとの戦争の結果、今日のネパールの国土が確定、つまり国境が発生し「領土国家の時代」へと入っていきます。
こうかんがえると、「都市国家の時代」から「領土国家の時代」を実感できるのがカトマンドゥ盆地でありネパールという国であることがよくわかります。
そして現在、あらたな制憲議会選挙をひかえ「シャハ王朝の時代」がおわろうとしています。ネパールは今後どのような歴史をあゆんでいくのでしょうか。大いに注目していきたいとおもいます。
(注)石井溥「さまざまな民族・言語が織り成す歴史」野図治仁監修・執筆『旅するネパール語』(アジア語楽紀行)日本放送協会94-97ページ。
古代:リッチャヴィ王朝 4−5(?)〜9世紀
中世:マッラ王朝 13世紀〜1769年
近世:シャハ王朝[ゴルカ王朝] 1769年〜現在
中世:マッラ王朝 13世紀〜1769年
近世:シャハ王朝[ゴルカ王朝] 1769年〜現在
これを、「素朴文化の段階」、「都市国家の時代」、「領土国家の時代」という文明発展の三段階にもとづいて整理しなおすと次のようになります。
(1)素朴文化の段階:素朴文化の段階をしめす証拠として石器が見つかる。
(2)都市国家の時代:リッチャヴィ王朝〜マッラ王朝。
(3)領土国家の時代:シャハ王朝〜現在。
ここで注目すべきは、(2)「都市国家の時代」です。都市国家とは、行政の中心として王宮があり、そこを中心にして周辺に町がひろがっていて、その周縁部は自然環境の中に自然にとけこんでいくといったイメージでとらえることができます。ネパールのカトマンドゥ盆地では、この時代に、ヒンズー教・仏教に基づいた「ネワール文化」が花開き、寺院・王宮建築、彫刻、儀礼、音楽、戯曲などが発展・成熟しました。この地域以外のほかのすべての地域では、現在、都市国家は遺跡になってしまっていますが、ここにはその原型がかなりよく保存されているだけでなく、今でも人々がくらして生活をいとなんでいます。これはまさに人類の貴重な遺産であり、実際「世界遺産」に指定されています。
都市国家の時代は、1769年、ゴルカの勢力がマッラ王朝を攻め落としたことにより終焉し、その後、ネパールとイギリスとの戦争の結果、今日のネパールの国土が確定、つまり国境が発生し「領土国家の時代」へと入っていきます。
こうかんがえると、「都市国家の時代」から「領土国家の時代」を実感できるのがカトマンドゥ盆地でありネパールという国であることがよくわかります。
そして現在、あらたな制憲議会選挙をひかえ「シャハ王朝の時代」がおわろうとしています。ネパールは今後どのような歴史をあゆんでいくのでしょうか。大いに注目していきたいとおもいます。
(注)石井溥「さまざまな民族・言語が織り成す歴史」野図治仁監修・執筆『旅するネパール語』(アジア語楽紀行)日本放送協会94-97ページ。
(1)混沌→(2)類推→(3)体系という三段階を踏んで情報を処理する
国際協力でつかう参画型アプローチ「KJ法」は一種の情報処理技術であり、それは、混沌とした情報群(カオス)から一つの体系(システム)を生みだす方法です。その過程でもっとも重要になるポイントは類推(アナロジー)をつかうということです。つまり、この方法では、(1)混沌(カオス)→(2)類推(アナロジー)→(3)体系(システム)という三段階を踏んで情報を処理していくことになります。第二段階の類推では、相対的に似ている情報をそばにあつめて、まず小グループをつくり、そして、しだいに大グループをつくるといったことをおこないます。似ているか異なるかといった相対的な視点にたって、情報を並列的に処理できるかどうかが重要なポイントになります。
このような三段階の情報処理により、一旦あたらしい体系(システム)ができあがると、今度はその体系にしたがってあたらな情報をどんどん分類していくことができるようになります。しかし分類という作業は、ある程度まですすんでくると分類枠にあてはまらない情報がでてきて、しだいに収拾がつかなくなってきます。こうして、時間の経過とともに一度つくった体系は次第に分化していきます。分類と分化がゆきつくところまでいくと、ふたたびあらたな混沌とした状況が生じてきます。
すると、再度あらたに、(1)混沌(カオス)→(2)類推(アナロジー)→(3)体系(システム)という三段階の過程が可能になり、あたらしい体系(システム)をつくることができます。
参画型アプローチでは、このような三段階の過程をサイクリックにくりかえしていきながら、現場の多種多様な情報を処理し、問題を解決していきます。
「地球学的人間論」に基づいて地球環境問題にとりくんでいく
惑星科学者の松井孝典氏は、「21世紀我々は初めて、文字通り宇宙というスケールで、我々自身や文明を、俯瞰的、普遍的、相対的に論じ、その未来についても判断できるようになった」(注)とのべています。同氏は、私たち人間が、宇宙から地球を見る視点をもてるようになったことにより「人間圏」という概念がえられ、そして、地球と人間の問題を論じるために、従来から存在した「生物学的人間論」と「哲学的人間論」にかわり「地球学的人間論」が必要であると主張しています。
松井氏は、情報処理の観点から、「外界を認識するとは、それを脳の中に投影して、外界の内部モデルを作る」ことであるとのべて「智球」ダイアグラムを提唱し、このことをくわしく論じています。
今日、私たちの文明(いわゆる近代文明)は岐路にたっており、その中心的問題は"地球環境問題"です。私たちが今後、この大きな問題にとりくんでいこうとするとき、松井氏の主張は非常に重要であり、私たちは、「地球学的人間論」あるいは「智球」の観点にたって発想の根幹を転換しなければならず、また、時代はそれを要求しているといえるでしょう。
(注)松井孝典著「『智球』の視点で、地球と人間のこれからを考える」地球船No.5,NPO法人地球船クラブ,2〜5ページ, 2008年2月。
松井氏は、情報処理の観点から、「外界を認識するとは、それを脳の中に投影して、外界の内部モデルを作る」ことであるとのべて「智球」ダイアグラムを提唱し、このことをくわしく論じています。
今日、私たちの文明(いわゆる近代文明)は岐路にたっており、その中心的問題は"地球環境問題"です。私たちが今後、この大きな問題にとりくんでいこうとするとき、松井氏の主張は非常に重要であり、私たちは、「地球学的人間論」あるいは「智球」の観点にたって発想の根幹を転換しなければならず、また、時代はそれを要求しているといえるでしょう。
(注)松井孝典著「『智球』の視点で、地球と人間のこれからを考える」地球船No.5,NPO法人地球船クラブ,2〜5ページ, 2008年2月。
サリジャ村に専門家を派遣しました
写真:村人に指導する専門家のEさんヒマラヤ保全協会は,自然環境を保全しながら、住民の生活改善をすすめ、地域社会を活性化させることを目的として、2005年度からパルバット郡サリジャ村およびミャグディ郡ナルチャン村において、「ネパール山村での生活林造りプロジェクト」を開始しました。現地では、苗畑運営の研修・支援と植林事業をすすめるとともに、森林の持続的利用に関した研修・教育事業もおこなっています。これまでに,森林管理委員会および苗畑管理委員会を設立し、村人が主体になった管理運営を実施してきました。当協会では、10年間の植林と森林経営の確立によって,持続的な森林保全を可能にする計画でいます。
一方,地域固有の森林資源、現地住民の希望,UNDPによる織物研修の下地ならびに隣村での紙漉・販売の実績があったことから、収入向上事業として織物事業と紙漉事業にあらたに着手しました。サリジャ村は標高が2200mあり、寒さがきびしくて現金収入につながる樹種(果樹)の植林は困難であるため、両事業が収入向上につながると期待されています。さらに、当協会としては,両事業の収益の一部を苗畑の運営費用にまわすことで,支援が終了した後も自立した苗畑経営・森林経営を可能にする計画をもっています。
「ネパール山村での生活林造りプロジェクト」は、2005年には,地域住民が利用できる「生活林づくり」を目指して、10年間の長期計画と3カ年計画を住民参加により策定し、苗畑を建設しました。
2006年〜2007年には植林活動を本格的に開始し、地域の森林資源を有効に利用して住民の収入を向上させる計画をすすめました。収入向上計画では、プロジェクト地に自生するロクタ(ネパール語名、ミツマタの一種)を原料に「紙漉」、イラクサ(刺草,ネパール語名:アロ)を原料に「織物」をおこなうこととし、その加工施設の建設にむけて準備をしました。
さらに,2006年度には、自然資源管理専門家,環境教育専門家,事業企画専門家の3名を現地に派遣し、原料となるロクタやイラクサの資源量を調査するとともに、住民に対して森林保全・環境保全に関する啓蒙活動をおこないました。また、環境を保全しながら自然資源を持続的に利用するために、森林保全・環境保全・苗畑管理・植林・自然資源利用にいたる自然環境管理システム構築に関する指導を実施しました。
このたび(2007年度)は,過去2年間の活動を踏まえ、森林資源を利用して工芸品を生産販売している工芸専門家(Eさん)と、工芸品販売のための市場調査の専門家(Tさん)の2名を、紙や生地の生産販売による収益事業の具体化に着手するためにサリジャ村へ派遣しました。
両加工施設(建物)は建設できましたが、現地住民、ヒマラヤ保全協会、現地カウンターパートであるヒマラヤ保全協会ネパールにとって、工芸品による収入向上事業にとりくむのは初めての試みであったので今回の専門家派遣となりました。工芸専門家は、加工工程をチェックして生産体制確立のためのアドバイスなどをし,市場調査専門家は、生産物の販売先や販売方法などについて提案・指導をしました。
今後の課題としましては、織物・紙漉の作業従事者の技術をさらにみがくとともに、委員会ならびにヒマラヤ保全協会ネパールのマネージメント能力を強化することがあげられます。
同時に、フェアトレードの具体化にむけて協議をすすめていきます。取引先としては、WSDP(Women’s Skill Development Project, Pokhara)が有力候補ですが、ヒマラヤ保全協会の会員である、ヒマラヤンマテリアル、アミナコレクションとも協議します。基本的には、完成品ではなく半製品をサリジャ村から工場へおろせるようになることを第一の目標にしています。
Eさんの話を以下に紹介します。
このあたりは、ヒマラヤイラクサ(allo)がたくさん自生している地域で、そのalloを使った製品作りによる地域資源の活用と雇用創出を目的として昨年より織物プロジェクトがはじまりました。
現在のメンバーは9人、全員女性で、「農作業や家事の合間の時間を見つけての作業なので、効率よくものつくりをするというわけにはいきませんが、仕事をしている最中はものつくりに集中でき、自分自身に向き合うことができる貴重な時間です」と話していました。
当初、2007年12月の段階で試作品の布を見せていただいた限りでは、正直、品質においては市場に通用できるようなものではなかったので、かなりきびしいなと思いましたが、今回、作り手に会い、道具を見て、仕事ぶりも見せていただいた結果、技術はこの数ヶ月の間にかなり進歩しているようで、特にalloの糸つくりに関しては、ネパール国内に他の地域から流通しているものとくらべてもかなりの高品質で、充分に市場に出しても通用する品質であることを実感しました。
あとはこの糸を使い、サリジャ村ならではの特色ある製品を作り出すことと、もうひとつは村人や近隣の村のニーズに合わせたものつくりが出来れば「地産地消」による仕事ができて、海外や町に出稼ぎに行くひとたちの割合を少しでも少なくできればと思いました。
今回のアドバイスにより、意欲を見せてくれた生産者たちが、次回行ったときにどんな製品に仕上げてくれるのかが楽しみです。まだ他の村でも試みていないことなので、もし成功すれば、この村ならではの特産品として付加価値も高まります。
このalloの織物プロジェクトと天然染料のプロジェクトがかたちになれば、村の資源と伝統技術の保護、それが森林保全の活動につながっていくことを見守っていきたいと思います。
再度、この年の夏の終わりころ、alloの収穫時期に合わせて訪問してみたいと思います。
現在のメンバーは9人、全員女性で、「農作業や家事の合間の時間を見つけての作業なので、効率よくものつくりをするというわけにはいきませんが、仕事をしている最中はものつくりに集中でき、自分自身に向き合うことができる貴重な時間です」と話していました。
当初、2007年12月の段階で試作品の布を見せていただいた限りでは、正直、品質においては市場に通用できるようなものではなかったので、かなりきびしいなと思いましたが、今回、作り手に会い、道具を見て、仕事ぶりも見せていただいた結果、技術はこの数ヶ月の間にかなり進歩しているようで、特にalloの糸つくりに関しては、ネパール国内に他の地域から流通しているものとくらべてもかなりの高品質で、充分に市場に出しても通用する品質であることを実感しました。
あとはこの糸を使い、サリジャ村ならではの特色ある製品を作り出すことと、もうひとつは村人や近隣の村のニーズに合わせたものつくりが出来れば「地産地消」による仕事ができて、海外や町に出稼ぎに行くひとたちの割合を少しでも少なくできればと思いました。
今回のアドバイスにより、意欲を見せてくれた生産者たちが、次回行ったときにどんな製品に仕上げてくれるのかが楽しみです。まだ他の村でも試みていないことなので、もし成功すれば、この村ならではの特産品として付加価値も高まります。
このalloの織物プロジェクトと天然染料のプロジェクトがかたちになれば、村の資源と伝統技術の保護、それが森林保全の活動につながっていくことを見守っていきたいと思います。
再度、この年の夏の終わりころ、alloの収穫時期に合わせて訪問してみたいと思います。
百聞は一見にしかず、国際協力の「フィールド」へ! -第20回スタディツアーを開催しました-
第20回スタディツアー(ネパール・ヒマラヤ・フィールドワークの旅 )テーマ「森林保全と参加型村落開発」を開催しました。
「百聞は一見にしかず、国際協力の「フィールド」へ!」ということで、 ヒマラヤ保全協会のネパール事業地を訪問し、国際協力の現場を見学、植林などの現地活動に参加しました。今回は特に、「フィールドワーク」に焦点をあて、異なる自然・文化・社会の中につかり、日本からでは見えにくい現地の様子を、自分の目で確かめ、心で感じ、様々なことを考える貴重な時間をつくりだしました。
参加者の感想です。
「百聞は一見にしかず、国際協力の「フィールド」へ!」ということで、 ヒマラヤ保全協会のネパール事業地を訪問し、国際協力の現場を見学、植林などの現地活動に参加しました。今回は特に、「フィールドワーク」に焦点をあて、異なる自然・文化・社会の中につかり、日本からでは見えにくい現地の様子を、自分の目で確かめ、心で感じ、様々なことを考える貴重な時間をつくりだしました。
参加者の感想です。
先日のネパールの旅では大変お世話になりました。
Tさんやネパールの現地スタッフの方、また4名のすばらしい参加者のおかげで、一生の思い出となるすばらしい旅をすることができました。帰国後も早速他の参加者と連絡を取り合い、交流をしています。
必ず、またネパールを訪れたいと思っています。次回は一旅行者としてではなく、一ボランティアとして訪れ、ネパールに何らかのお手伝いができればと思っています。
本当にありがとうございました。(Y.Y.)
Tさんやネパールの現地スタッフの方、また4名のすばらしい参加者のおかげで、一生の思い出となるすばらしい旅をすることができました。帰国後も早速他の参加者と連絡を取り合い、交流をしています。
必ず、またネパールを訪れたいと思っています。次回は一旅行者としてではなく、一ボランティアとして訪れ、ネパールに何らかのお手伝いができればと思っています。
本当にありがとうございました。(Y.Y.)
エコ・プロジェクトを地道にすすめる
エコ・プロジェクト(ゴミ処理・観光ルート美化プロジェクト)がすすんでいます。
ガーラ村は、バフン・チェットリの村であり、個々人の自己主張がつよく、まとまりが弱いという問題はありますが、時間をかけて地道にとりくんでいけばよいとおもいます。
2000年〜2005年ごろのIHCのプロジェクトは、マガールの村にかたよりすぎていたという問題がありましたので、バフン・チェットリの村にも協力するということは、様々な民族に平等に接する、バランスのとれた事業展開という別の観点からも重要です。
ところで、このたび、先に申請しておりました、来年度(H20年度)の「ゴミ処理・観光ルート美化プロジェクト」の実施が決定されました。プロジェクトサイトは、タトパニとナルチャンになっています。タトパニにつきましては、大きな困難が予想されていますが、その場合は、ゴミ箱の設置など、できることをまずおこない、その先につなげていくようなプログラムを組めばよいとおもいます。
ヒマラヤ保全協会ネパールからあらたに提案のあったシーカ下村につきましては、今後の協議により、来年度実施するか、その後にするか決めたいとおもいます。
以下は、N理事からの現地レポートです。
W.T.氏、W.K.氏と3人+ネパールスタッフ2名(チトラ、プレム氏)=計5名で向かった観光トレッキングエリアから、一足先にポカラに帰ってきました。こちらは晴天、マチャプチェレを背景に、花々がきれいです。日中は半そで、川で泳ぐ子どもの姿も見えます。
W両氏はチトラ氏とともに、今日からナルチャン村に入り、2日間滞在します。今までの作業の概要、情報は以下のとおりです。
〜9日(移動)
※カリガンダキ沿いにハイウェイ(自動車道)が出来ている。車両不備、調査で移動が遅れ、9日はラトパニ泊。
10日(移動&事前準備)
ガーラ村で事前調整、リーダー不在で調整は困難。シーカ村でリーダおよびゴミ委員会とミーティング、20人近くが参加。こちらは協力的で大変順調。すでに道は大体きれい。選挙のため学校が12日から休みに入るとのことで、ワークショップは翌日に開始。
11日(シーカ村でプログラム)
午前中は上シーカ村で70名の生徒と水質調査ワークショップを実施。すべての水道を調べる。午後は村人とクリーンナップキャンペーン&解説。ゴミ処理への理解を深め、今後は月一回クリーンナップ活動を行うそう。両イベントは大盛況。ゴミピット(埋め立て地)、ゴミ箱ともに完成。夜はバグビール氏、先生と深夜まで飲み、旧交を深める。新情報としては、今後5年以内にタトパニからシーカにモーターロードの計画あり。観光産業の戦略の必要性を感じる。新学校はほぼ完成しており、パソコンも最新機が入っている。今後1年を通じて、教師が水質データを収集する。尚、下シーカ村は上シーカと別にプロジェクトを進めることを希望しており、今回は行わない。
12日(ガーラでプログラム)
早朝にごみ委員会メンバーを個別に訪ね、再調整。11時から委員会とミーティング。ピットは1つのみ作られており、あと3つ手がけていない。作業が遅れているので、IHCNはまだお金を渡さず、交渉を重ね、てこずっていた。日本からも念押しをする。本派遣中に作るという約束をする。クリーンナップイベントはごみ委員会10数名と期末最終日の生徒60〜70名で実施。回収後、基礎的なゴミ知識を解説した。また、再度ゴミ委員会とミーティング、計画を共有。夕方、キバン村に書類を取りに行くネパールスタッフに同行。アルゲリの生育が良い。ゴミ委員会リーダーのロッジに泊まり、対話をする。
13日(ガーラで水質調査&移動&タトパニ)
ゴミ委員会リーダーとともに、村の一部をまわり、パックテストによる水質調査を行う。おおむね生態系の中で浄化されているが、衛生に関する村人の意識を変える必要あり。ガーラにはデリというローカースト集落があり、また、チェトリ族は行動が伴いにくく、動きがまとまっていない。私たちのゴミを拾う姿を見せる。今回の対話とワークショップで小さく前進した。3日後の訪問結果に期待する。
14日(タトパニ)
タトパニは各宿の主人が不在で、情報収集困難。観光地のため、さまざまな人が入っており、多くは
商人カーストタカリー族など。ビジネスで考える人が多いため、やり方が村とは異なるだろう。街道はゴミがないが、入り口にゴミの山。処理方法(具体的には埋め立てなど)を示し、地域で処理のための仕組みを作る必要あり。観光客はシーズンということもあり、多い。
また、13日にナルチャン村のリーダー・テイジグルン氏がタトパニに来ており、以下の情報を得ました。
・ナルチャンは新しい高校が出来、来期から始まる。(今まではタトパニまで通っていた)教師も3名追加。
周辺の村から住民が移動、人口が増加している。
・ナルチャンまでの道はハイウェイで良くなった。タトパニから歩いて1時間に短縮され、道が完成すれば車両が途中まで入り、より短縮される。
・ハイドロ水力発電が1基新規に作られた。電力会社はあと3基設置の予定。水利権で村に収入が入る。
変化の兆候が現れています。テイジ氏はこの状況下で、村の環境を守りながら発展したいと繰り返し話していました。水利など利害が発生し、課題も多いようです。尚、今回松本大学から古いタイプではありますが、ノートパソコンをナルチャン村とアウロ村に1台づつ寄贈しました。生徒の学習に使われる予定です。
W.T.さんはすばらしい写真をたくさん取っています。また、農産物のマーケティングなどアドバイスされていたり、村人に有用な情報と喜ばれています。W.K.さんは長旅になりますが、会計、情報収集にご尽力なさっています。
以上、ポカラから途中報告でした。
ガーラ村は、バフン・チェットリの村であり、個々人の自己主張がつよく、まとまりが弱いという問題はありますが、時間をかけて地道にとりくんでいけばよいとおもいます。
2000年〜2005年ごろのIHCのプロジェクトは、マガールの村にかたよりすぎていたという問題がありましたので、バフン・チェットリの村にも協力するということは、様々な民族に平等に接する、バランスのとれた事業展開という別の観点からも重要です。
ところで、このたび、先に申請しておりました、来年度(H20年度)の「ゴミ処理・観光ルート美化プロジェクト」の実施が決定されました。プロジェクトサイトは、タトパニとナルチャンになっています。タトパニにつきましては、大きな困難が予想されていますが、その場合は、ゴミ箱の設置など、できることをまずおこない、その先につなげていくようなプログラムを組めばよいとおもいます。
ヒマラヤ保全協会ネパールからあらたに提案のあったシーカ下村につきましては、今後の協議により、来年度実施するか、その後にするか決めたいとおもいます。
以下は、N理事からの現地レポートです。
W.T.氏、W.K.氏と3人+ネパールスタッフ2名(チトラ、プレム氏)=計5名で向かった観光トレッキングエリアから、一足先にポカラに帰ってきました。こちらは晴天、マチャプチェレを背景に、花々がきれいです。日中は半そで、川で泳ぐ子どもの姿も見えます。
W両氏はチトラ氏とともに、今日からナルチャン村に入り、2日間滞在します。今までの作業の概要、情報は以下のとおりです。
〜9日(移動)
※カリガンダキ沿いにハイウェイ(自動車道)が出来ている。車両不備、調査で移動が遅れ、9日はラトパニ泊。
10日(移動&事前準備)
ガーラ村で事前調整、リーダー不在で調整は困難。シーカ村でリーダおよびゴミ委員会とミーティング、20人近くが参加。こちらは協力的で大変順調。すでに道は大体きれい。選挙のため学校が12日から休みに入るとのことで、ワークショップは翌日に開始。
11日(シーカ村でプログラム)
午前中は上シーカ村で70名の生徒と水質調査ワークショップを実施。すべての水道を調べる。午後は村人とクリーンナップキャンペーン&解説。ゴミ処理への理解を深め、今後は月一回クリーンナップ活動を行うそう。両イベントは大盛況。ゴミピット(埋め立て地)、ゴミ箱ともに完成。夜はバグビール氏、先生と深夜まで飲み、旧交を深める。新情報としては、今後5年以内にタトパニからシーカにモーターロードの計画あり。観光産業の戦略の必要性を感じる。新学校はほぼ完成しており、パソコンも最新機が入っている。今後1年を通じて、教師が水質データを収集する。尚、下シーカ村は上シーカと別にプロジェクトを進めることを希望しており、今回は行わない。
12日(ガーラでプログラム)
早朝にごみ委員会メンバーを個別に訪ね、再調整。11時から委員会とミーティング。ピットは1つのみ作られており、あと3つ手がけていない。作業が遅れているので、IHCNはまだお金を渡さず、交渉を重ね、てこずっていた。日本からも念押しをする。本派遣中に作るという約束をする。クリーンナップイベントはごみ委員会10数名と期末最終日の生徒60〜70名で実施。回収後、基礎的なゴミ知識を解説した。また、再度ゴミ委員会とミーティング、計画を共有。夕方、キバン村に書類を取りに行くネパールスタッフに同行。アルゲリの生育が良い。ゴミ委員会リーダーのロッジに泊まり、対話をする。
13日(ガーラで水質調査&移動&タトパニ)
ゴミ委員会リーダーとともに、村の一部をまわり、パックテストによる水質調査を行う。おおむね生態系の中で浄化されているが、衛生に関する村人の意識を変える必要あり。ガーラにはデリというローカースト集落があり、また、チェトリ族は行動が伴いにくく、動きがまとまっていない。私たちのゴミを拾う姿を見せる。今回の対話とワークショップで小さく前進した。3日後の訪問結果に期待する。
14日(タトパニ)
タトパニは各宿の主人が不在で、情報収集困難。観光地のため、さまざまな人が入っており、多くは
商人カーストタカリー族など。ビジネスで考える人が多いため、やり方が村とは異なるだろう。街道はゴミがないが、入り口にゴミの山。処理方法(具体的には埋め立てなど)を示し、地域で処理のための仕組みを作る必要あり。観光客はシーズンということもあり、多い。
また、13日にナルチャン村のリーダー・テイジグルン氏がタトパニに来ており、以下の情報を得ました。
・ナルチャンは新しい高校が出来、来期から始まる。(今まではタトパニまで通っていた)教師も3名追加。
周辺の村から住民が移動、人口が増加している。
・ナルチャンまでの道はハイウェイで良くなった。タトパニから歩いて1時間に短縮され、道が完成すれば車両が途中まで入り、より短縮される。
・ハイドロ水力発電が1基新規に作られた。電力会社はあと3基設置の予定。水利権で村に収入が入る。
変化の兆候が現れています。テイジ氏はこの状況下で、村の環境を守りながら発展したいと繰り返し話していました。水利など利害が発生し、課題も多いようです。尚、今回松本大学から古いタイプではありますが、ノートパソコンをナルチャン村とアウロ村に1台づつ寄贈しました。生徒の学習に使われる予定です。
W.T.さんはすばらしい写真をたくさん取っています。また、農産物のマーケティングなどアドバイスされていたり、村人に有用な情報と喜ばれています。W.K.さんは長旅になりますが、会計、情報収集にご尽力なさっています。
以上、ポカラから途中報告でした。
